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そうしてローデンクロスは織られていった

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ウィーン滞在5日目の朝は雨だった。

噂には聞いていたが、本当に誰も傘をさしていない。
折り畳み傘をバックの中に閉まったまま、ウィーン中央駅へ向かった。

いよいよ、オーストリアに来た1番の目的である Leichtfried(ライヒットフリード)社へ向かう。
念願の Loden Cloth(ローデンクロス)が織られる現場を自分の目でみるのだ。


始めに、私がこの旅で受けとったものを書きたい。

私は「自分の生地を織りたい」と強く想った。
私には、半・分解展で出会った素材のスペシャリストたちとつくるオリジナルファブリックがある。
その生地開発をより深めたいと想った。

彼らの姿勢をみて、彼らの情熱に触れて、私は創造性をかき立てられた。
ローデンクロスという素材への理解を深めること以上に、もっと原始的な、感情的な、心に小いさな火が灯るような感覚を受けとった。


中央駅から電車に揺られること3時間。
ライヒットフリード社がある駅に着いた。

電車から降りると、牛と土と草のにおいがした。
雨はあがり、厚みのある雲が佇んでいた。
吹き抜ける風に懐かしさを感じた。


何もない街にみえた。
そして、この街にしかないものをみた。


ライヒットフリード社からの眺めが、この景色が、ローデンクロスをローデンクロスたらしめていると理解した。
意識せずとも、彼らはオーストリアの自然を織り込んでいる。




ローデンクロスの色は、窓辺から見える山や空が季節ごとに見せてくれるのだろう。
秋や冬の景色を想像した。


まず始めに案内された倉庫には、原料となる羊毛、オーストラリアのメリノウールが詰まれていた。
ライヒットフリード社は、紡績・織布・整理までを自社で手掛けている。
決して大きな工場ではないにも関わらず自社完結している稀有なメーカーだ。品質へのこだわりを感じる。


言葉の節々から「変化」することへの意欲を感じた。
130年以上続く老舗企業だからこそ、変わらないために変わり続けてきたのだろう。

特に「色」については、強く挑戦する姿勢が垣間見えた。
世界中にいるクライアントの要望を叶えるために、これまでにはなかった発色を開発しているという。
鮮やかなオレンジやイエローは、私の知るローデンクロスのイメージを大きく変えた。




しかし、「もっとも表現が難しいのは、黒色だ」とも言う。
長年続けてきた定番色だからこそ、毛選にも気を遣っていた。


染めたあげたウールは、独自の配合でブレンドされ深みを増してゆく。
紅葉を橙だけでは描けないように、ローデンクロスには朱や山吹、褐色などさまざまな色が交じる。
伝統色とされる「ローデングリーン」が太陽の下では、明るく映る理由が少しわかった気がした。


これは約100年前のフェルト製造機。
本生産のウールをブレンドする前に、この機械で少量の毛を混ぜ合わせ色見本となるフェルト生地をつくるという。
今もなお、現役だ。
クイックに動くときには、古い機械のほうが都合が良いと言っていた。




ローラー表面に施された無数の針が、ウールを混ぜ合わせ色をつくる。


静かに音をたて、生き物のように揺れていた。


ブレンドされたウールが麻袋から顔を出す。
これから時間を掛けて糸になっていくのだ。


1階のとある倉庫の扉を開けると、ウールが溢れだした。倉庫一面にブレンドされたウールが入っていた。天井に張り巡らされたダクトを通って、ここ貯蓄されるそうだ。
黒に灰色に褐色に生成り、これがローデンの黒色となっていく。


いよいよ、糸になる。
年代物の無骨な鉄の塊が、ウールを飲み込んでいく。

見学時はちょうど、鮮やかなオレンジが加工されていた。
ライヒットフリード社の新たなる挑戦の色だ。














ふわふわの毛たちが、少しづつだまになっていき、かたまりとなる。
かたまりはほぐされ、ひきのばされ糸状になっていった。


唐突に、真新らしい機械が登場する。
最新鋭のテクノロジーで、できあがった糸をコーンに巻いていく。


全自動で均一に、一定のリズムを刻み続ける。
手作業による感覚的な職人技だけではなく、新しいものを取り入れる姿勢は見習うべきだ。
ライヒットフリード社では、コーン・チーズ・ビームの工程に最新鋭のマシーンを導入することで品質を安定化したという。


巻き取られたウールは、綺麗な糸状になった。
いよいよ、これから生地になるための、織り工程に移っていく。


まずは、経糸を生地巾に合わせて鉄の棒に巻き取る、ビーム工程。
ここにも全自動のマシーンが使われる。


鉄の棒は、そのまま織機にセットされる。
織機は、ドイツまたはベルギー製の超幅広のインテリア用だ。

意外にもローデンクロスは、アパレルのみならずインテリア商材も豊富なのだ。
普通のアパレル用織機が150cm前後の幅を織るところを、この織機は220cm前後も織ることができる。






織り上がった直後のローデンクロス。
織り目は荒く、肌触りは硬い。


人の目で、検反が行われる。


生地巾をみると「214cm」と表記がある。
この超幅広で織られた生地を、極限まで縮絨してローデンクロスがつくられるのである。
なんと、20~30%も縮めるという。(数値は生地によって変化する)
214cmが150cmになってしまうのだ。


その縮絨工程に使用するのが、イタリア製の「ZONCO」だ。

私は、ローデンクロスの縮絨には非常に興味があった。
何故ならローデンクロスは強い縮絨が掛けられているにも関わらず、その見た目は艶
っぽく上品に仕上がっているからだ。
他の縮絨生地では見られない特徴である。


高温になる箱の中には、圧力を掛ける幾重ものローラーや、フェルト化を即す針が仕込まれている。
生地を繰り返し往復させ、徐々に縮絨していく。


丁寧に工場案内をしてくださった5代目社長のジョセフ氏。
起毛加工を施すマシーンの前に立ち、右手には「アザミの実」を持っている。
縮まった生地を、これから起毛させるのだ。

私は、ライヒットフリード社の独創性を挙げるならば「縮絨」と「起毛加工」だと思う。
起毛工程には、3種類のマシーンを生地ごとに使い分ける。


アザミで加工される生地は、ライヒットフリード社の代表素材である「Classic 540 Himalayaloden」だけだ。
私は、この生地を愛してやまない。
この生地が私をウィーンに連れてきた。




アザミ以外にも、針布で起毛するマシーンなどを2種類設置する。
起毛の風合いを生地によって使い分け、それぞれの表情を演出している。


工場で働くスタッフが、鮮やかなローデングリーンのコートを羽織っていた。

見学の日は、夏のバカンスの前日。この日、仕事は早仕舞いするそうだ。
スタッフたちは少し浮ついたようすでリラックスした雰囲気だった。


私の工場レポートは、ところどころ抜けている点がある。
楽しくて楽しくて写真どころではなかったからだ。
詳しい製造工程は、ライヒットフリード社のHPを参考にしてほしい。


ウィーンの街中。
ショーウィンドウには、ごく自然にローデンクロスで仕立てられたチロリアンジャケットが飾られていた。
街を歩いていると、チロリアンを羽織る老紳士と何度かすれ違った。


ジョセフ氏は言った。
私たちのつくるローデンクロスは、伝統的なチロリアンの衣装に長年使用されてきた。
そして、現在でもその需要は根強く、生産の柱となっていると。

しかし、続けてこうも言う。
私たちはイノベーションを起こさなければいけない。
未来を見据えて、新たなるクライアントにローデンクロスの魅力を伝えていく必要があると。

代表的な「クラシック540ヒマラヤローデン」とは一線を画す、軽量で扱いやすい360gのローデンクロスの開発。
伝統的なローデングリーンを中心とした深く渋い色味のイメージを刷新するような、鮮やかな発色の開発。
それらは全て、未来のためだ。
若い感性で、ローデンクロスの新たな魅力を生み出していた。


私は、ローデンクロスが好きだ。これからも使い続ける。
以前の投稿にも書いたように、私には追い求めている生地がある。
それに最も近いのが、ライヒットフリード社のローデンクロス「クラシック540ヒマラヤローデン」だった。

しかし、私は満足していない。
自身の感動を探るべく、独自の生地開発に取り組んでいく。
ローデンクロスから受けとった熱をぶつけていきたい。




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