2014/02/20

224/720 Lounge Suits

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1926年 フランス

少女のような少年。
ボリューミィなツイードのコート、磨かれたキャップトゥに縁飾りの入ったホーズ。 その間から、愛らしく覗くひざ小僧。

少し内股で、バラに手を添える。 決められたポーズをこなすように。照れくさそうに。
透き通った目。 穏やかな眼差しの先には誰がいるのか、それは微笑む口元から想像するしかない。



いつもは、ラウンジスーツのポートレイトばかりを買うのだけれど、たまにはこんな1枚も いいな と思い購入。
ちなみに、この1枚はポストカード。だから裏には、びっちりとフランス語。


いつものポートレイトのコレクションも、日に々に増えるばかり。 ラウンジスーツが増えていく。

それは例えば、こんな1枚だったりする。



私の見立てでは、1920's~1930'sのラウンジスーツ。 (もはやラウンジの名を過ぎたスーツでもある)
それは、シルエットやディテイルから察することが出来るが、何よりも「衿・肩・袖」が物語る。
私が思う、ww1以降の典型的な上半身。 これを基盤に、あの典型的な30's Suits Styleに移行するのではないか。







クリーズは、ただ落ちて親指に向かう。
紳士の外羽根の爪先は丸く艶っぽい、底にはスチールが打たれる。ウエルトの張り出しが力強い。
緻密な絨毯が、そのウエルトを浮かび上がらせる。


婦人の持つ花束、絨毯の文様、お揃いの眼鏡。 すべてが興味深いアメリカからの1枚。




次の1枚は、重厚に佇む、1脚。





スーツの雰囲気はww1以前。
スタイリングも踏まえ見ると20世紀頭くらいか。




そして、この椅子。

「椅子」と云うより、その「素材」が滲み出る。 

呼吸に合わせた「ゆとり」なのか、はたまた経年変化による「ゆがみ」なのか。
無骨であり知的、大胆なようで物静か。 手作業だからこそ可能な矛盾がある。

決して背景にはなれないその表情。 




お手本のようなラウンジスーツとその着こなし。
そして、この1脚があってこその1枚と云うことを。



最後に、もう1枚。
私のお気に入り。 特別な1枚。


大抵の場合、私好みのポートレイトは100枚見て、1枚あるかないかの確立。
何百枚と見る為に、トランプカードを切るようなスピードで選別していく中で、「ハッ」と目に止まり、時間も止まった「ラウンジスーツ」との出会い。







1910'sと思われるラウンジスーツ。

このラウンジスーツに痺れた理由はただひとつ。
その答えを共有したくて、テーラーの友人にこんな質問をしてみた。

「このラウンジスーツ、僕の好きな憧れのテーラーさんのつくるスーツに似てるでしょう 。誰だか解る?」 と。



返答は、すぐにきた。
彼もまた、私と同様に感じ取った。

何故だろうか。こんな旧い写真1枚から何がわかると云うのだろうか。 
何故こんなにも伝わるものがあるのだろうか。


Lounge Suitsから数えれば、150年前後のスーツの歴史。
聞けばそれは、遠い昔話しのよう。だけど、離れて見れば手が届きそうな厚みで。

螺旋階段を上がるようなスーツの歴史。
不動の心柱をまわり登る。 まわったようで、逸れていたり。登ったはずか降りていたり。

興味深い。愛すべき洋服。


愛すべき洋服は、数多く。

それは、紳士の歴史に避けては通れない「狩猟」の文化。
French Huntingは、ひと一倍研究してきたつもりである。 あるが故に、RRR129で紹介出来ていない。好き過ぎるのも考えものだ。

ただ、「考えなくていい」のも好き過ぎる特権。
「好きである」それ意外に理由はいらない。




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