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RRR No.9

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カッコイイ・・・そして、興味深い。  

私は、このカッティングが大好きです。

私のランドナー(自転車)が軸となるライフスタイルには、この画像の様に鎌が浅く、前身の寝かしが多いパターンがピッタリなんです。
でも、もっとAHを前付きにしたいな。とか、肩ははまりたいな。とか、こんなポケットが欲しいな。とも思うのです。

皆さんの視点から見ても、この洋服は興味深いと思いませんか?
貴方の目にはどの様に映りますか?                       














どうでしょうか?現代では、あまり見られないシルエットをしています。
(しわくちゃで折りジワが多いことは気にせずに・・・コレを着て寝たりしていたので・・・)

では、早速、型紙を見てみましょう。
コチラです。


この型紙が一体何のかと云うと、下記表のNo.9になります。 1917年のアメリカです。




この表は、私の大好きなLounge SuitFrench Huntingなどを、より深く理解する為に取り組んでいる課題です。 現在No.6~No.9までは組みあがりました。

これまでは古着を分解してみたり、型抜きをしてみたり、1日中眺めてみたりと自分なりに研究してきましたが、旧い教科書通りの型紙で形にしてみたことが無かったので、トライしてみました。
各年代・各国からピックアップした教科書を一覧にしたのが上記表になります。

その中から今回、紹介するのはNo.9の通称 「Red Book」 です。


「東の長谷川商会」「西のI's Bicycle」と云えば、日本のランドナー界を代表する自転車屋さんですが、
「イギリスのCutter & Tailor」「アメリカのBlue BookとRed Book」と云えば、Vintage Tailoredの代名詞的な教科書です。

では、Blue BookとRed Bookの簡単な紹介します。



上の青い表紙が「Blue Book」

そして、下の赤い表紙が「Red Book」になります。
 



Bule Bookが1907年出版。
WW1を経て10年後の1917年にRed Bookが出版されました。2冊ともに同著者です。

この2冊は他の専門書と比べ圧巻の情報量で、ペエジ数はそれぞれ250ペエジにも及びます。
此処ではとてもその厚みを紹介しきれませんが、2冊の基本型の製図を見比べてみましょう。
まずはBlue Bookから。





Blue Book・Red Bookで紹介される全てのスーツには「Sack Coat」の名がつきます。「Lounge Suit」の名前は一切出てきません。 やっぱりアメリカだからでしょうか。?ドイツ語の教科書もSackでした。

さて、型紙を見ただけでも愛らしいフォルムが想像できます。 ポテッとした丸いシルエット・・・
私としては見慣れたホッとするシルエットです。 大好きな古着達が目に浮かびます。

はい。
では、早々とRed Bookの基本型に移ります。 ww1を経て型紙がどの様に変化したか注視したいところです。



著者も口ヒゲを生やして、表題にはNewの文字が入りました。
そして、注目の基本形の型紙はコチラです。



どうでしょう。?
先ほどのBlue Bookと比べ、随分変化したように見受けられます。

まず、パっと見て、ウエストの絞り位置・腰ポケット位置が高くなりました。 これだけでも視覚的な印象の違いは大きいです。

身幅の寸法を変えていないと仮定した場合、鎌がより浅くなり、寝ていた前身が起きてきました。
さらに、AHが前付き気味になり、肩傾斜をイカらし背中を振り込んでいます。
バストラインから上の構造は革新的に変化している様に感じます。

衿のカットも大きく変化しています。アイロン操作が関係しているのでしょうか。?Red Bookなら外回りに地の目が通せそうです。
現代では上衿の外回りに地の目を通すのが当たり前になっていますが、古着で地の目が通してあるものは1930年後~が殆どです。それ以前のスーツはフルハンドだろうが、フロックコートだろうが、地の目が通ったものは見たことがありません。ここにもスーツのひとつの転換期がみてとれます。
また、Red Bookからマニュプレーションの補正概念が製図に取り込まれています。Blue Bookでは見られなかった決定的な変化です。

袖は、山が高くなり外袖の返り位置が内側に入っています。Blue Bookから比べシャープな印象を受けます。内袖ハギ上部の微妙な膨らましたラインなど、製図上の小技も妙にきかしています。

衿・腹ぐせ・袖、ひとつひとつ歴史的に見ても、どうもアイロンの技術が格段に向上した様に思えます・・・

最近、仕事でRed Book Regulation Sack Coatを補正してトワル組みしましたが完成度が高く驚きました。
Red Bookを組んでみて、改めて気づいたのはラウンジスーツなどの前身の寝かし・蹴回しが多いパターンの場合、背中の振込みは強くした方が蹴回しのゆとりがBCに逃げずに独特のウエストラインを描きました。やってみて良かったです。


さて、
此処で特筆すべきは、やはり「肩傾斜」でしょうか。
18世紀初頭から19世紀末までの、およそ200年間紳士服のデザインは変われど、頑なに変化しなかったのが、なで肩製図でした。
なで肩こそが男性美の象徴とされていた時代ですから。

しかし、そのなで肩がイカったのです。 !
偶然にRed Bookだけがイカらした製図にしていた訳ではありません。
古着を見ていても明らかに肩周りの構造が20世紀初頭から徐々に変化しています。アメリカ、ヨーロッパ問わずに。 このくらいからクンニョも消えます。機織の技術向上も大きく影響していると思います。厚い生地lこそクンニョが生きてくるので。 クンニョとは?

ww1を経て文化・美意識の価値観が変化し、紳士服づくりの概念もそれに合わせ歩みを変えた(方向を変えるだけの技術もあった)のではないでしょうか。?   
 

そんな興味深い歴史を背負ったRed Bookから今回、私がチョイスしたのが冒頭で紹介した軍服です。
ここ1年ほど、つい目に留まるのが立ち襟のものばかりで、この際に1着組んでみようと思ったのです。





「Preparedness Coat」 と云う名前のジャケットを組みました。

上記でも説明した様に洗練された上半身に、軍モノ特有の蹴回し、そしてマニュプレーション(腹ぐせ)があります。
これはもう既に、ある一定レベルのアイロン操作が行われていた+フィッティングの概念も変化してきたことの証明だと思います。


さて、此処でチョット寄り道させて下さい。
上記2人組みのイラスト、左側の彼が着ている軍服があったので、当時の古着がどんなものだったのか参考程度に紹介します。


この形は見たことがある方も多いのではないでしょうか。?
写真のものは冬用でゴワゴワのウールですが、夏用のコットン素材のものもあります。

顎ぐせとバストダーツにデカイポケットが4つバンバンと。
迫力があります。


背面は3枚の布から出来ています。
脇から背中心に向かってグッと入り込むカーブはフロックコートやモーニングのソレと似ています。
初期のラウンジスーツなどにも見られ、縫い目が肩甲骨に近いので立体的な背中が期待できます。ただ、逆カーブがキツくなるので、少々縫い辛いです。

上の画像は脇の下の内部です。芯使いが相変わらず興味深いです。グレーのフェルトは裏地にたたかれています。10'sの13星Pコートによく見られるAH周りのSTと同じものです。胸増しと似た様な役割をしています。
また、脇から下に伸びる綿テープは表のパッチポケットの口のSTにかかる様に配置され強度upを狙っています。 こういったアメリカの服づくりは本当に素晴らしいです。
麻芯もこれまで見てきた中で、もっとも粗くカシカシしています。
「麻芯」と云うよりかは、「ズタ袋」のソレに近いです。
台芯の様に使われていますが、表のパッチポケットごと叩いてしまうあたりが斬新(適当?)です。

この太さ。!
アメリカの芯は本当に面白いです。

以前に紹介したSacksのモーニングの芯使いも合わせて見て頂きたいです。こちらの芯使いも独特です。


それでは、更にPreparedness Coatを見ていきます。


ボタンを上まで留めても決まります。なんだか新鮮。
デニムで組んだ影響もあるのでしょう。何だかモードです。






そして、浅い鎌深。

古着でよく見られる、「なで肩で深い鎌でAH寸が小さい=浅い鎌と勘違いしてまう。」モノではなく、列記とした「浅い鎌」です。 だって、肩がイカってきたのですから。!
腕は自由に動き、その動きに対し身頃は干渉してきません。

軍服が仕立ての基盤にあるギーブス&ホークスは、この浅い鎌について「敬礼した際に身頃が持っていかれる事のない機能的で美しい鎌」と説明しています。

もう一度、型紙も合わせて見ていきます。




まるで、良い事づくめの様な「浅い鎌」ですが、実際、それなりの着心地を求めてつくろうとすると大変難しいです。 それが明瞭に表れるのが既製服です。

浅くし過ぎれば、着心地が窮屈になってしまいますし、レイヤードし辛くスタイリングに幅が出ません。(これは"ブランド"のジャケットとしては致命傷) 仮縫いの無い既製服で鎌を攻めるのは中々勇気が必要です。
また、AH寸もおのずと小さくなるので、そのままの寸法で袖を製図してしまうと、非常に機動性の少ない袖になります。
浅い鎌を最大限生かす為には、袖への細工も必要です。 そうするとまた、その特殊な袖を縫う技術も必要になります。

縫い目も脇に近づくので、柔らかくつくる工夫があると更に良いです。 衿・肩・AH周りは縫い目の固さを特に感じやすいので。長時間着ると良く解ります。
そして、小さいAHには前肩が必須になります。 是が出来なければ、非常に着心地の悪いジャケットになるでしょう。
鎌に囚われ過ぎるとストラップ寸もどんどん、短くなってしまいます。上記画像で23.7cm。正直かなり苦しい寸法です。このストラップ寸を疎かにしてしまうと、まるで拘束具を着ているような感覚になってしまいます。


私は、「会社の仕事」と「プライベートの仕事」では大きく製図を変えます。 それは主に、ネック・肩・AH周りです。
特定の工場である一定量を生産する場合、洋服の優先順位が変わります。
私は鎌が深いジャケットが悪いとは思いません。(もちろん鎌だけでジャケットの良し悪しは判断出来ません)深い鎌を求める消費者がいることも事実です。それは中高年の方に多い傾向です。 実際に、その様な意見を数件頂きました。

深い鎌にある機能性、浅い鎌にある機能性。どちらも理解し、両方の良いとこ取りを開発し完成度を高めなければいけません。
うーん。・・・ピボットを応用して出来ないかと日々考えています。試作品は数着つくっていて、古いものは既に3年着ています。




さて、後に振れた肩線。
古着しかり、古い教科書しかり、実はイセ込みの量はごく僅かでした。
多いものでも1.2センチ程度。同寸も多くありました。 このPreparedness Coatの場合は同寸でした。
2011年の投稿に、この後に振れた肩線について書いたことがあったので、合わせて読んでみて下さい。コチラから。




続いて、軍服特有のこの蹴回し。
着丈もそれなりにあるので、蹴回しは多い方が足裁きも快適になります。
また、腰まわりに様々な装備を付ける為にも、ゆとりは多く必要だったのでしょう。ww1の軍人の写真を見ると、腰にベルトを何本も回して様々な装備を付けている様子が解ります。


そして、マニュプレーション。
ダーツ量は多めですが、通常のダーツと違い、変に腰が膨らむこともなく脇も上がっています。
こちらは、トワル縫いなのでダーツの当割りは省きました。

古い服は、ボタン位置にも特徴があります。

画像を見ての通り、右身頃のボタン位置がずれています。ホールと左右対称ではないです。更によく見ると上のボタン程、内側寄りに付けられています。
これは、非常に面白いデティールだと思います。

何が面白いのか、下記画像を合わせて紹介します。
此処では私が見てきた古着達(1840's~1930's)を基に説明しますので、その全てが該当するわけでは有りません。傾向として、この仕様が多かった。と、捕らえて下さい。
まずは、一般的なボタンとホール位置です。
現代のほぼ全てのジャケットは、この様な仕様になっています。(現代のジャケットのFCは曲がりませんが)
利点として、型紙が一枚あればいっぺんに左右を裁断出来ますし、工場さんもボタン・ホール位置が解りやすいと思います。 

「ラウンジスーツのボタン位置」と書きましたが、今回紹介しているPreparedness Coatの仕様もこちらと同様です。
始めに紹介した「現代のボタン位置」と同様にひとつの型紙で左右を裁断出来ますが、ボタンとホールの位置が左右非対称です。

ボタンがFCを通らないので、製図の際にバスト寸の設定を注意しなければなりません。
いつも通りにバストを設定してしまうと、若干小さく上がってしまいます。

また、製図上、「ラペルの合わせ」が微妙にずれることになるので、Vゾーンの先端が僅かにFCからはずれます。
当時の写真の中で、ラウンジスーツを着ている人達が、何故か絶妙に味があり・可愛らしく・興味深いのは、この様な本当に微妙な「ズレ感」が醸し出しているのかもしれません。外袖のダーツしかり、極端な寝かししかり。

では、何故。? この様な不思議なボタン位置なのか?その謎を紐解く鍵は軍服のボタン位置にありそうです。

その鍵になりそうな「軍服などのボタン位置」がコチラです。

まず、上記2通りと違って、身頃が左右対称では無いので型紙が通常の倍必要になります。
ボタン・ホール位置はFC上ですが、結果的に右身頃は前端から不規則に並ぶので、キチンと印をしなければいけません。
また、機能面を考察すると防寒・防風・防塵等に優れていると思います。

ここでは、「詰襟が倒れてラペルが出来た」と云う通説を例に挙げ検証してみます。
すると、下記の様な推測が出来るのではないでしょうか。?

機能的に優れた詰襟をラペルの様に倒した。 19世紀初頭
(軍人が休息のために倒した。カントリージェントルマンが寛ぐために倒した。等々、説があります。)
その後、ラウンジスーツが大衆化・量産化してきた。 19世紀中葉
(イギリスのモーゼズ。パリのボン・マルシェなどが有名所。 ミシンと自転車の発達も同時期)
必然的に効率化を図り、型紙は左右対称にされた。
しかし、詰襟の機能的(伝統的)な合わせの深さは、ボタン位置をずらすと云う簡単な手段に寄って継承された。
(打ち合わせが深い程、格の高い服だったりしますからね。)

結果、上記「ラウンジスーツのボタン位置」で紹介したように珍妙な仕様になってしまった。(が、切羽やフラワーホールほど継承はされなかった・・・)
私はこんな風に考えてみました。


紳士服の歴史を語る際、「シングルブレストとダブルブレストの歴史」の話題は必ず取り上げられますが、ラウンジスーツの独特な興味深いボタン・ホール位置については表に出てこなかったので私なりに考えを書いてみました。


では最後に、これまでのPreparedness Coatを並べて紹介します。

前を開けた状態・閉じた状態でのシルエットの変化などに注目して頂きたいです。
画像左が開けた状態・右が閉じた状態



どうでしょうか。?

この様に並べてみるとシルエットの変化が解り易いです。
ボタンの開け閉めだけで、これ程に上下縦横奥行きのボリュームが移動しています。

もちろん今回は「デニム」で組んだのでかなり極端にボリュームが出ていると思います。
この型紙は顎癖・ウエストダーツ・マニュプレーションとバストボリュームを構成する仕掛けが通常のラウンジスーツに比べ多いのも理由のひとつですが。

しかし、今になってデニムで組んで良かったなと思いました。
他の型紙No.6~No.8はメルトンで組んだので、アイロンで幾らでも動かせました。
ところが、デニムはここまでハッキリと表れてくれるので型紙のラインがそのまま立体になった様に感じました。

画像クリックで超デカくなります。


この様な古着を2013年の今、研究して何になるのか?不思議に思う方も多いと思います。
ただ、私はひとつ確信していることがあります。
伝統的な素材とこの時代の型紙と少し工夫したアイロン操作でオリジナルの着心地を量産できると。
そして、伝えたい感動があるのです。ファイヤーマンしかりカントリーフロックしかり、歴史を背負った洋服の丁寧な手作業を。
まあ、私の考えは今後まとめるとし、

Red BookのPreparedness Coat 皆さんは、どう感じましたか。?

写真だけを見ると大袈裟な服に見えてしまいますが、このジャケットの着心地があるんです。
きっと応用出来ると思います。
もちろんデザインとしても新鮮です。
歴史だって面白い。

興味深いと思いませんか。?
私は可能性を感じてしまうのです。

これでNo.9の紹介は以上です。

以前、間違って消してしまってからようやく書けました。
消したショックが大きく、書き直すのに随分と時間が掛かってしまいました。

No.6~No.8はまだ、写真すら撮っていません。組んでから4ヶ月も経つのにです・・・
ちなみにNo.8のモダンデザイナーはかなり良いです。見て頂いた皆さんが食いつくのは大抵No.8でした。

空いた4ヶ月は何をしていたのかと云うと、イタリアのカノニコS110'sでジャケットをつくったりしていました。久しぶりの梳毛だったので、ミスばかりでしたが実験的なものが出来たと思います。


もうすぐ2013年も終わります。
此処にきて興味深い仕事をいくつか頂いています。
年明けにでも、良い形でお伝え出来ると良いのですが。





やっぱり、詰襟って良いですね。
自分の中での詰襟ブームはまだまだ続きそうです。


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